2023年度 CINGA「生活」日本語教師研修実施報告

本教師研修は、令和5年度文化庁「生活者としての外国人」のための特定のニーズに対応した日本語教育事業地域日本語教育実践プログラム」を受託し実施した、「CINGA自己表現と対話で学びを促進するオンライン基礎日本語教育普及事業」内の取り組みの一つです。体制整備づくり支援として実施し、全国5地域から、17名の方にご参加いただきました。

   1. 本事業における「生活」日本語教師研修の位置付け

   2. 研修の内容  

   3. 研修参加者の声

   4. これから「生活」の日本語教育に関わりたい日本語教師から見た教師研修


1. 本事業における「生活」日本語教師研修の位置付け

日本語教育の推進は、自治体の責務となりました。だれもが暮らしやすい「まちづくり」のための一つの要素として日本語教育があるとしたら、それはどのようなものでしょうか? 

生活者にとって必要な日本語は、「人とつながりながら学び、さらに人とつながっていくための日本語」だと考えています。それを対話を通して習得していくことを支援する道筋を作ることが必要だと考え、この3年間、日本語コースを実施するとともに、実践研究を重ねてきました。

(CINGAでは、多文化共生の観点から、地域のボランティア日本語教室や交流団体などの市民参加の場がとても重要であると考えます。だからこそ、それらの場が本来的な機能を発揮するために、他方に言語習得に焦点を当てて日本語教師が専門性を活かして担う基礎的な日本語教育の場が必要であると考えています。)

そして、自治体においてこのような日本語教育を実施していくには、日本語コースを企画・運営するコーディネーターと、教育目的を理解し実践できる日本語教師が不可欠であること、そして、これらの人々もまた、専門職同士、対話を通した習得支援をともに学び考える機会が必要だと考えました。そのため、今年度は日本語教育の実施とともに、日本語教師研修を実施しました。

2. 研修の内容

この研修では、「地域日本語教育のプログラムデザイン」を研修の柱としました。現在の社会の流れの中で、参加地域それぞれがどのような地域づくりを目指しているのか、その中に日本語教育がどのように位置づけられるのか、その日本語教育を実施する中で、基礎的な日本語教育をコースをどう企画していくのかを考えていけるよう、構成しました。

研修の構造図

①集合研修

研修はすべてオンラインで、全8回(各2時間)。はじめの6回は毎週、そしてあとの2回は少し間を空けて実施しました。課題図書を読んだり、事前課題について各自考えたりしたのち、zoom上で講師や他の参加メンバーとディスカッションをし、ふりかえることで、考えを深めていきました。

研修プログラム

② 実践研修、ラウンドテーブル

 冒頭でもお伝えしましたが、本教師研修は、「CINGA自己表現と対話で学びを促進するオンライン基礎日本語教育普及事業」内の取り組みの一つとして実施したものです。

この事業のメインとなる取り組みは、全20回で行ったオンラインによる日本語教育の実施でした。

集合研修終了後、集合研修参加者のうち希望者のみ、このCINGA実施のオンラインコースの録画視聴、または学習支援者としての参加をし、授業後にコーディネーターとともにふりかえりを行うという形の実践研修も行いました。

また、集合研修終了後、初学者のための日本語コースを実施した2地域(岐阜県、山梨県)とCINGAが、それぞれの日本語コースの状況を報告し、その実践の省察を深めるためのラウンドテーブルを実施しました。

ラウンドテーブルでは、それぞれの現場で研修で学んだ内容が実践にどのように活かされているかの報告を聴き合い、話し合いました。今回は3地域それぞれがコースのメインテキストとして『わたしをつたえるにほんごCINGA版』を使用していたこともあり、同じテキストを使用してどのようにコースをデザインしているのかの共有もできました。

研修での学びを地域の実践にどのように活かしていくかは、その地域の状況によって変わります。同様に、同じテキストを使用したコースを実施しても、その活用方法は違います。ともに学んだ研修で「共通言語」を持った他地域の実践報告を聴くことは、自らの実践を考える上で非常に役立つものとなったと言えます。

3. 研修参加者の声

研修には、沖縄県浦添市、岐阜県、静岡県、宮崎県、山梨県の5地域からの参加がありました。

これらの参加地域は、もともと研修後のタイミングで日本語をはじめて学ぶ人を対象にしたオンラインによる日本語コース実施を予定している地域もありましたし、今後そのようなコースの企画を検討しているという地域もありました。 

地域によって違いがありましたが、総括コーディネーター等、その地域でコースの企画・運営に携わる役割の人、地域日本語教育コーディネーターや日本語教師等、日本語教育を担う役割の人で編成された3〜4名のチームでの参加でした。

参加した日本語教師は、地域日本語教育コーディネーターとしても活動されている人から、長年の日本語教育経験はあるけれど生活者を対象とした場に関わるのはこれから、という様々な経歴の人が集まりました。

研修の場全体として、地域、役割、日本語教育経験が多様な人が混じり合って学ぶ場となり、それぞれの異なる視点が互いの学びとなりました。研修実施後に行ったアンケートからも、立場や地域の異なる人とともに考えることの価値を感じたという方、また、共に参加したメンバー間でのチーム性向上を感じたという方が多かったです。

以下、集合研修終了後のアンケートから、参加者の声を一部ご紹介します。

・ご講義からの学びは、すぐに各地域に応じて落とし込み、実践を試みたり、それを共有したりできたので、リアルな現場の声として多角的な知見を得ることができました。

・講師の先生方や他地域の皆様のお話を聞き、話し合うことで、自らの活動を振り返り、考えることができた研修でした。

・様々な地域で日本語教室を実際に運営されている皆さんの生のお話を聞くことができる貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。とてもとてもためになりました。今回の研修で学んだことをこれからの実践に活かしたいと思います。

・他自治体の方と意見交換、情報を知ることができ、大変勉強になりました。また、形は様々ですが、同じ思いを持った仲間と知り合え、協働できたことが心強さへとつながりました。

・今後、県内に生活分野で活動する日本語教師を増やしていくために、今回の研修内容と手法を参考にさせていただきたいと思います。予算の削減のため、来年度は難しいですが、次のフェーズに盛り込むことができればと考えています。生活分野の日本語教師養成について体験をとおして具体的に考える機会をいただけたこと、心より感謝しています。

・私自身の実践に響くよい講座が受講できたと感じています。これからの実践で何をすべきかわかりました。他県のみなさんとお話することができ、多くの気づきを得ました。座学だけではこのような理解の仕方はできなかったと思います。

・毎回様々な角度から考えさせられたことで、思い込みなどから少し解き放たれた感を持ちました。地域の日本語教育といっても事情が違う点もあり、それぞれの地域の状況などを考えつつ、その場所で求められている教育について意見を交換しながら進めていくこと、今までのやり方に固執せず柔軟に考えることができるようになることなどの大切さに気づけたように思います。

・今年度で研修は終了しますが、今回のような他地域の実践の共有や意見交換等、来年度以降も複数人のチームで積極的に関わる機会を県内外で見つけたいなと考えています。または、自主的に学び合う小さいグループ創る等して考えるだけでなく、行動を起こしていきたいです。

・今まで考えてこなかった視点も知ることができて学びが多かったです。期間が長く、回数も多かったですし、わたしの場合は途中で対面で会うチャンスがあり、仲間が増えた感じがしました。ありがとうございました。

・生活の日本語教育について、ほとんど知識がない状態で受講したが、回を追うごとに理解が深まり、自分の意見を持てるようになった。レクチャーとディスカッションの繰り返しがよかったのではないかと思う。

・研修の自分自身の学びはもちろん、教室活動の中で学習をする皆さんに「もやもや」を感じていただいたり、話し合いをする中で自分自身の気づきを見つけていただいたり など参考にしたいと思うことが多くありました。自分の今後、そして 今後の活動に関して 今回の研修で学んだことを悩み試行錯誤しながら活かしていきたいです。


4. これから「生活」の日本語教育に関わりたい日本語教師から見た教師研修

今回の教師研修実施にあたり、「生活者としての外国人」に対する日本語教育の場に関心を持っているという日本語教師のTさんに、本事業全体の運営に参加してもらいました。

コーディネーターは研修を運営する中で、Tさんのフレッシュな視点からの意見をもらうことにより、伝えようとしている内容をどのように伝えていけばより理解が深まるのかを考えることができました。

以下は、本研修についてTさんが感じたことをまとめてもらった文章です。


特定の地域にまだ関わっていない私は、自治体の地域日本語教室がどのような構成で成り立ち、コースがどのように始動し、教室の運営を維持するのかを知るところからが新しかった。地域日本語教育の現場において、日本語教師としての私には何が求められるのか、もしコーディネーターという立場になった場合はどのような視点からコースを出発させるのかも考えさせられた。コースを実施する上で欠かせない地域日本語教育の目的から再考し、それらを言語化し、全員で共有した本研修で、私自身が特に考えたこと、気づいたことを次の点からまとめる。

1. 自己表現活動と対話を中心とした社会参加のための「基礎日本語教育」のあり方

この研修全体を通して、繰り返し考えたのは、「基礎的な日本語教育」をどう捉えるか。また、それを「自己表現活動」中心でどのように実践するかであった。まず、印象的だったのは、1回目の研修で体験した自己表現活動だった。一見すると、自分の好きなことについて話すシンプルなグループ活動だったが、多くの学習機会が含まれていたことに気づいた。具体的には、自己表現だけでなく、他者の話を聞く力と対話の姿勢も求められた。また、お互いの理解を自然と確認できる活動でもあった。この体験を通して、どのような教室活動を組み立てるかで、参加者の日本語能力のレベルを問わず、ことばの習得につながる自己表現活動ができることを実感した。また、CINGAの考える「基礎的な日本語教育」が単に日本語能力のレベルを示すのではなく、他者とつながるための「対話の姿勢」も含むことを体感して学んだ。自己表現活動の体験は、その後の研修で自己表現活動と対話を中心とした基礎日本語教育の実践を具体的に考える上でのヒントとなったと感じる。

基礎的な日本語教育をどう捉えるかは、その後も異なるテーマを通して考えた。2回目と3回目では、国・自治体の動きと日本語教育の参照枠を踏まえながら、多文化共生のための日本語教育とは何か、言語教育の目的は何かを考えた。その上で、「基礎的な日本語教育」が目指すものとその内容を1回目からさらに考える機会があった。

4回目では、コースの策定・運用をする上で欠かせないコースの目標の立て方と、立てた目標が達成できたかの評価をどのように行うかを具体的かつ段階的に学んだ。例えば、コースの対象者が何をできるようになったらいいのか。どうしてそれが地域にも意味があるのか。そのための基礎的な日本語教育をどう捉えるか・・・等々。目標を立てるための問に一つずつ答えながら、各地域で求める基礎的な日本語教育のコースデザインの枠組みを明確にすることができたと感じる。

5回目では自己表現活動について扱い、6回目では第二言語習得論に基づいて、生活者の日本語学習を促進し、習得につながる教室活動の内容を具体的に考えた。CINGAのテキスト「わたしをつたえるにほんご」を使って、教室活動の内容を第二言語習得論と結び付けながら考えた。1つひとつの教室活動の内容と流れを第二言語習得論に裏付けて組み立てる作業は、自身の日本語教育実践を省みる機会にもなった。いかに普段の実践で教科書頼りになっていたり、感覚的に教室の流れを組み立てていたりしたかに気づいた。また、この回を通して、改めて「自己表現と対話を中心とする」教室活動が意味するのは、文法知識を扱わず、学習者の誤用も訂正せず、ただ自分について話す教室活動では決してないことを意識することができた。

2. コース実施における課題 

参加地域が共通して抱えている課題に、「コースの継続」があった。留学生の日本語教育で授業を一人の教師として担当する上ではあまり考えることのない課題であった。行政の担当者が変わったことによりコース開講への理解と予算が得られなかったり、逆に、予算はあるが、人材が不足していたりと、様々な理由でコースの継続が難しくなることを知った。

コースの継続には、その成果や価値を他者に伝えて、理解を得ることが鍵となる。そして、コースの成果や価値を具体的に示すためには、コースをどのように評価するか、その指標となる目標は何だったかとも密接に関わってくることを学んだ。留学生を対象とする日本語教育で「評価」というと、その主な対象は学習者で、評価の目的も学習者の成長を測るためであることが多いと感じる。その一方で、地域においての目標と評価は、学習者個人の成長を測るだけでなく、そのコースの価値と意義を示す上でも必要であり、コース自体の継続と維持につながるということは私にとって新たな学びであった。

研修では、各地域でコースの目標と評価のし方を総括コーディネーターと日本語教師がともに話し合って考える機会があった。また、コースの運用にあたり、総括コーディネーターと教師のそれぞれの役割について、全体で話すこともあった。この研修の場で両者が話し合いを重ね、チームとなって、コースデザインを考えていく様子を見せていただき、こうした実践者側の対話の積み重ねと知見の共有が両者の協働を促し、それがコース運用の継続にもつながるのではないかと考えた。

 本研修を経て私は、いかに研修参加前に地域日本語教育のリアリティを知らなかったかに気づいた。日本語教師としての自分には何が求められ、総括コーディネーターの方は何をする方なのか、どのように一つひとつの実践を行うべきなのか。今思うと、知らなかったこと、あまり深く考えたことのないことが多くあった。だからこそ、総括コーディネーターと日本語教師、コースの運用に関わる者がともにコースの目標を言語化し、知見を共有して、お互いに「知る」ことの重要性を研修参加者の様子から実感した。協働しやすい場と関係性は、日本語教師や学習支援者にも継続的に地域の教室に関わり続けることを可能とし、また、教室のネットワークを広げることにつながると思った。